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佐乃一組の歴史

佐乃一組 年譜

昭和61年
4月 浜松まつり参加発起人会 立ち上げ 佐乃一組の準備に入る。(河合利彦・勝美正行・穴原幸弘・増井勇・鈴木長孝・三村全弘・古橋健二 以上7名、各自20万円出資し、実行委員会発足)
9月 一丁目杉山自治会長の認可を得て、浜松市役所商工課に凧印と法被の図柄の承認を受ける。
昭和62年
4月 佐乃一組発足 発起人の出資金及び町民、商店の皆様の寄付金にて道具類を揃え始める。鴨江のご厚情により凧の骨組み、ロープ巻き糸車、テギ、その他、寄付を受け、凧の糸目付け・揚げ方を教わる。
昭和63年
4月 佐乃一組友好町12ヶ町の参加を頂き、お披露目を行う。友好町より力強い応援を受ける。佐鳴台一丁目の空き地を借り、プレハブの会所を作りまつり準備にはいる。
平成元年
4月 1月の昭和天皇の御崩御により浜松まつりの開催が危ぶまれたが、4月末まつり開催が決定。
8月 御殿屋台作り準備委員会発足 町民、商店の皆様のご協力を受け、準備を進める。
平成2年
4月 佐鳴台一丁目の御殿屋台完成。御披露目には14ヶ町が参列し、祝辞を頂いた。

賛否両論の中で生まれた一丁目の御殿屋台であったが、現在は一丁目のシンボルとして、また小さな子供達のまつりに華を添えています。そして今日の市民総参加型の「浜松まつり」の原型が誕生したのです。

佐鳴台一丁目浜松まつりの歴史

昭和55年2月西伊場町が浜松まつり参加のため、凧あげ会が自治会運営で発足しました。当時、佐鳴台一丁目は西伊場町自治会と入野町彦尾自治会に所属しており、西伊場町の凧揚げ会の一員として浜松まつりに参加してきました。昭和57~58年、佐鳴台小学校・中学校が開校し、一丁目の子供達は佐鳴台小学校・中学校に通うことになりました。西伊場の役員の方と幾度となく話し合い、その結果一丁目のまつり参加者も西伊場町から佐鳴台へ戻ることになりました。(佐鳴台一丁目自治会は昭和59年4月に発足)

この時、すでに佐鳴台には四丁目を中心とした般若連というまつりの会がありました。一丁目が般若連に参加させてもらうため般若連の役員の方々と話し合いの場を重ねましたが、佐鳴台全体では範囲が広すぎてまんべんなく行動が取れないということになり、一丁目有志の会として佐鳴台一丁目浜松まつり参加発起人会を立ち上げ、佐乃一組の名称で浜松まつりに参加してまいりました。

平成12年4月佐乃一組は、凧揚げ会有志の会から自治会運営となり、現在に至っております。

町民の皆様の支援を頂き浜松まつり参加30周年を迎えることが出来ましたことに心より感謝申し上げます。

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